「復活12」

 ヨダかをオープンしてから、二ヶ月半がたったが、友人、知人をはじめ、ずいぶんいろんな人がきてくれた。店というのは、これまで培った人脈の集積所という側面もあるからおもしろい。

 高校時代の遊び友達やクラスメイトが、某生命保険会社の吸収合併のリーダーや、NHKの解説委員になっていた。NHK解説委員三人のうち二人は同級生だから、千葉高という高校はなかなか優秀だったかもしれない。

 一方で、今年渦中のメーカーで働いている早稲田時代の友人も何人かきてくれた。(テニス部で世話になったひとつ上の主将は東電の福島だしな。ひとつ下の主将は、GEの仙台だ)。ああ、今度は誰それの会社かと、今では何事もないかのように接することには慣れてきたが(というか、それが現実ということを受け入れるしかないから)、とっくに、どこに勤めていようが、一寸先は誰にもわからない時代に突入したのだ。せめて、ヨダかに来て、癒されてほしいと思う。誰もが、いろんな事情を抱えながら、この世界で生きている。

 そういえば、先日は、元首相補佐官だったという人が、ふらりと店に現れ、声をかけられて驚いた。つい、話に聞き入ってしまったのだが、実のところ、自分はずっと右でも左もない。そして、政治に関する発言は、できるだけ避けようととしてきたつもりだ。少なくとも、四〇代になってからは。なぜなら、思想が露骨に見えてしまうストーリーって、面白くないから。主に作家側の立場としてだけど。

 ただ、最近になって思うことは、政治というのは理想で語られるものではなく、結果で評価されるものだろう、ということ。そして、その先には必ず国益があり、なにかを成し遂げるときに、優しさだけではまず不可能だろう、ということ。(無論、これには、反論ある方もいるでしょう)

 原宿から神保町までクルマで流すと、皇居を右手になめながら、季節の移り変わりを感じる。五年後、クルマが完全自動化になったときには、人間の反射神経はどうなるのだろう、などと考えたりもする。左右のバランスは、案外よくなったりするのかもしれない。自家用飛行機は、その十年先だろうか。いずれにしろ、この五年、十年は、すごい技術的進化を迎えるのだろう。自分の肉体は、それに追いついていけるだろうか。
 
 マッサージに出かけて帰ると、我が家の水道栓の蓋の前のステンレスの扉があいていた。風の仕業だろうかか。十キロは、あるというのに笑。それにしても、この世界の、権威に反抗しないと、純粋な作家ではない、という暗黙の了承だけはなんとかならないかな。
(内藤まろ)