「復活16」

タクシーで外苑前あたりを通過していると、三車線とも渋滞していたので
運転手さんに向かって呟いた。
「昔の渋滞はもっとひどかったですけどねえ」
 頷く運転手さん。
「バブルの頃ですから、25年前くらいですけどねえ」
「昔って、そんなに昔の話ですか」
「え。25年ってそんなに昔ですか?」
 頷く運転手さん。
「いまどき、そんな昔の話する人なんていませんよ」
そうか。25年といえば確かに四半世紀だ。
だが、ほんのすこし前のこととしか思えないのだ。

25年前といったのは、バイトに明け暮れていた学生時代と
社会人になった1992年当時を思い出していたからだ。
そして、1992年はイチロー選手がプロ入りした年でもある。
イチロー選手のこれまでの偉業は、1992年にプロ入りしてから約25年間の
積み重ねの上に成り立っている。
そう考えると、四半世紀というのはとてつもない時間にも感じられる。

25年前、クリエイターになりたくて、会社にアピールし続けた自分は、
それから四年後に「イチロ・ニッサン」という企業キャンペーンで、
イチローさんとほんの少しの接点をもつ。
当時日本中を騒がしていたイチローさんとの仕事が、
クリエイティブ局に移ったいちばん最初の仕事だったのは、
神様の贈り物だったのかもしれない。

無論、上司のクリエイティブディレクターが獲得した仕事で、新米の自分など
存在の場すらもない。絶望と希望の狭間で、日々もがきながら、
颯爽と現れたイチローさんを、当時は羨望の眼差しで眺めたものだ。
イチローさんにとってみればそれはほんの余興の時間だったかもしれないが、
自分にとってみれば、それは確かに経るべき大事な時間だったとも思う。

そう思わせてくれる今も走り続けているイチローさんの姿がある。
そして、いよいよまたひとつの偉業が生まれようとしている。
(内藤まろ)