ときにフェイスブックなどを見ると、
政治的に(けっこう極端な)メッセージを発する人間に、
学生が多いのが目について驚かされる。

まあ、興味を持たざろうえないということなのかもしれない。
とはいえ関心がないよりいいことではないか。
あとは選挙に行くことだろう。

選挙特番は盛り上がっていないようだった。
自分も十分でテレビを消した。そりゃそうだ。
自民の圧勝は、最初からわかってる。

自民党の勝因は、経済に希望がさしてきたことで
一番メジャーな層を取り込んだことだろう。
安部さんのやり方も、割と透明に見えているから
ほかに行きずらい。

その分、それに反対する層は少し特別な人々になる。
そうすると割れるのは当然で、受け皿はひとつではない。

民主の敗因というよりも、ひとつの風があり、
その風はもう変わったということかもしれない。
寂しいのは、結果的にかつての党の代表者を何人も切るという事態を
生んでしまった集団としての歪さだ。

さまざまな不運もあったろう。けれど、
つくづく思うのは歴史上の役割は果たしたということだ。
でなければ、今の思いきった安部内閣は生まれてないとも思う。

あの政権交代が、いろいろな方向から全てをさらしてくれたおかげで、
一番ボリュームを占める人々が、もうあれこれいっても仕方がないと、
ある部分で達観してしまった。
(内側を知られるのがこわいから隠していたのかもしれないが、
それが明かされたことで逆の作用をもたらした)

今の内閣はそれぞれの「個」がしっかり整備されて見える。
(相当訓練を積んで臨んでいるようにも見える)
そして、これからはより「個」の時代になる気がする。

決してスタンドプレーという意味ではない。
リーダーの「個」だけでなく、チームとしての「個」が
要求される時代において、今の自民に対抗しうる
党があるようには見えていない。

それでも、山本太郎が当選する東京はいろいろな意味で面白いと思ったし
(表も裏も知りつつ、個人のパワーを尊重するのが東京の良さだと思う)
四面楚歌の渡辺氏の公認を取り消さないことが、安部さんの
人気とりだけに走っているわけではない側面を見た気がする。